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ちからくらべ

コスモス
印刷用ページを表示する 掲載日:1998年10月23日更新
ここに,2つの石があります。この石は何だと思いますか?
お正月に神様におそなえする おかがみを大きくしたようなものですね。力自慢イラスト
どのくらいの重さがあると重いますか?
150キログラムもあるのです。
これは,おじいさんが子供の頃 若い衆が力くらべに使った力石なのです。
こちらの石は何でしょうか?
そうです。これも力石なのです。これは,110キログラムあります。
この2つの石には,当時の若い衆の思い出があるのです。

うちの地区の寅吉さんと熊助さんは,力自慢で村中に名が聞こえていました。
「米俵を続けて何十回持ち上げたぞー。」
「今日は寅吉さんの勝ち。うん十回も多く持ち上げたぞー。」
「明日は俺だ。」熊助さんも負けてはならじと,一生懸命頑張りました。
こうして,毎日毎日力自慢が続けられました。

米俵に飽きた若い衆は,となりの地区にある氏神様に置いてある石を,自分の地区の入口まで持ち帰るようになりました。
寅吉さんは150キログラム,熊助さんは110キログラムを,「うんとこしょ」とかついで持ち帰りました。
となりの地区には力自慢がいませんでした。
しかし,力石を取られたままでは,若い衆の名がすたります。
そこで,月のない夜に,そーっと2人で,もっこ(土などを運ぶ,縄を網目に編んだ道具)に入れて持ち帰りました。
それを知らない寅吉さんは,となりの地区の若い衆と力くらべをしようと言い出しました。
しかしとなりの地区には,誰も名乗り出る者はいませんでした。お寺の鐘イラスト
 村の名主さんが事情を知って,若い衆を一堂に集めて話し出しました。
 飯野山にある,飯野山大権現に住んでいたという,良純さんの若い時の話しでした。

 むかしむかし,飯野山大権現に,良純さんという,えらもんの坊さんが住んどったんじゃと。
 むかしは,えらもんいうたら,力が強い事じゃったそうな。
 良純さんは,毎日毎日裏の山の大岩を持ち上げて,力を付けとったそうな。
 丸亀にも,大変な力持ちの坊さんが住んどったそうな。
 村人たちは,どっちが強いか毎日うわさをしよったそうだ。
丸亀の人は丸亀の坊さんが強いといい,川津の人は飯野山の良純さんが強いといって,お互いに譲らなんだそうな。
そこである日,力くらべをすることになったんじや。
ちからくらべをする日,丸亀の坊さんは,「今日こそは わしの力を見せよう」と,勇んで良純さんの住んどる飯野山大権現にやって来たんじゃそうな。
 さっそく丸亀の坊さんは,鐘突き堂の柱に五寸釘を親指で,『ぐぃーっ ぐぃーっ』と押し込んで,「これを見てごろうじろ」と,得意顔をしよったんじゃ。
五寸釘いうたら,15センチもある太い釘でのう,それを親指で押し込んだというのだから,大変な力持ちなんじゃ。
それを見た良純さん,「丸亀の坊さんもなかなかやるわい」と思いながらも,「これこれ そなんことしたら困るがな」というて,その釘を小指で,『チョコ チョコ』とほじくり出したんじゃ。
こちらは丸亀の坊さん。
なにをこしゃくな良純さん,こんどこそは,めにもの見せてくれんと,全身の力を振り絞って,そこに吊ってあった大きな吊り鐘を,『どっこいしょ』と降ろしてしもたんじゃ。
そして,「これを見てごろうじ」と,得意顔をしとったんじゃ。
それでも良純さん,慌てず騒がず,「これこれ,毎朝毎晩鐘をつかないかんのに,そなんことしたら困るがな。」といいながら,片手で軽々とその吊り鐘を元の所へ吊ったんじゃ。
そこで丸亀の坊さんは,「こりゃー かなわん くわばらくわばら」といいながら,逃げ帰ったそうな。
そんで,ここなへんでは,川津の良純さんが一番強いというこっちゃー。

おわり

出典 「川津のむかし話」昭和58年川津町子供会作成