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白峯天狗伝説 天狗とは?(天狗の由来)

印刷用ページを表示する更新日:1998年11月20日更新

天狗にまつわる文献は多数あるが,「源平盛衰記」の,後白河法皇と住吉明神との問答から,天狗とは,ひたすら傲慢偏執(自分の片寄った考えにとらわれて,他人の意見を聞き入れようとしないこと)のみあって佛法を信じない佛法破戒の妙門・学匠か,または,佛道に志もあり知恵行徳をもちながら,虚妄の智の働きに邪まされて真実の知恵が働かず,悟りの世界に入れない者。これらはすべて,天狗道におち入るとしている。
ようするに,佛法修業者でありながら驕りたかぶる者は堕落僧で,これらはすべて天狗という無智蒙昧(道理のわからない)の世界に落ち入るというのである。

 この傲慢・偏執について「天狗草紙興福寺の巻」に,「慢に七種あり。いわゆる卑慢,慢,過慢,慢過慢,我慢,邪慢,増上慢これなり。これによりて日本国中の天狗多しと云へども七種をいでず。これすなわち興福,東大,延暦,薗城,東寺,山臥(醍醐寺),遁世(高野山)の僧徒なり。これ皆我執に任じ,驕慢をいただき,名聞をさきとし,利養を事とす。」としるしている。これは興福寺以下七寺の僧徒を,それぞれ上記の七慢にあてはめて配し,僧徒達の傲慢・堕落を諷刺警告したものであるが,一般的に天狗が持つとされている傲慢さを比喩したものとして興味がある。

 一方「聖財集」には,「日本に天狗と言うこと経論には見及ばず。真言の中に天狗と言へるは孤子也。(中略)・・・日本の天狗は山伏の如し」とある。
ちなみに,九州地方では山伏のことをヒコサン(修験の山である豊前の彦山)ともテングとも呼ぶ習わしがあり,両者は同一のものだとされている。

 これに対し,もともと天狗は日本古来の山岳信仰と台密両教(天台・真言密教両宗)に関係があり,厳しい山での修行をきわめ,抜群の呪力・霊力を得た実在の人物が,山に対する神秘感と畏怖感から,里人によって天狗として祀りあげたものと定義づけられている。つまり修験道者(山伏)が深山幽谷に籠って難行苦行を重ね,やがてお山の霊気と融合して超能力的な神通の力を体得してお山の大聖者となり,遂に天狗の名のもとに神として祀られたのだと解釈する。
人間が遊びの世界で奔放に作りあげた単なる想像の域をこえた,きわめて厳しゅくで,宗教的な背景をもつもので,お山擁護の霊神か,または山神そのものだということになる。

 天狗でも大物になると権現や仏菩薩として,その山の護法天狗として祭祀される場合が多い。讃岐白峯山の相模坊天狗は,今に相模坊大権現として祀られ多くの信者をあつめているし,遠州秋葉山の三尺坊は,火防神として祀られ,広く庶民に親しまれているのは,そのよい例であろう。