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乙姫様と花婿さん

印刷用ページを表示する更新日:1998年10月23日更新
城山長者の娘,乙姫様は,足は不自由でしたが,心の優しい長者や,家で働いている人々のお世話で,立派に成長しました。
 乙姫様は成長するにつれて,それはそれはまぶしいほど美しいお姫様になりました。
 長者は,どうにかして乙姫様に三国一の良いお婿さんを選んで,幸せに暮らさせようと思いました。
 長者は,毎日明神原に行き,「すみやかに わが娘乙姫に三国一の花婿を授けてください」
と,八百万(やおよろず)の神に,一心にお願いしました。
 ある夜のことです。
 長者が眠っていると,白く長いひげをはやした老人が,枕元に立って,「長者よ 阿波の国に炭焼きをしている若者がおる たいそう働き者で心の優しい感心な男だ 姫の婿にするがよかろう」
「ハ ハイッ」
 長者は飛び起き,名前を聞こうと思った時には,老人の姿はスーッと消えていました。
「神様のお告げだ ありがたいことだ」
 夜が明けるのが待ち遠しくて仕方ありません。
 夜が明けるのを待ちかねて,長者は乙姫の婿さがしに出かけました。
 お告げで,『阿波の国』『炭焼きをしている』これだけで捜すのですから大変です。
阿波の国は,山また山。山を一つ越すにも一日がかりです。
 今日はこの山,あすはあの山,谷を下り,山をよじ登り何日も何日も歩き続けました。
 さしもに堅いかねのわらじも,だいぶすり減った頃,深い山間にある一軒の炭焼き小屋を見つけました。
そこで,顔も手足も炭で真っ黒になって,一心に働いている若者を見つけました。
 その若者の名前を友造といいました。友造は,疲れている長者をいたわり,熱いお茶と梅干しで接待しました。
 長者は,一夜の宿を借りて,友造の心の優しさと働き者であることを知りました。
 長者は,「これこそ神様のお告げの若者だ」「三国一の花婿はこの人だ」と思いました。
「どうか姫の婿になってください お願いします」
 友造も,長者の熱意にうたれ,
「わたしのような者でよかったら」と,承知しました。
 長者は大喜びで城山に帰り,大安吉日を選び乙姫の婿を迎えました。
 二人は仲良く暮らしていましたが,ある日乙姫様が病気になりました。
 長者は医者を迎えたり,薬を買いに行かせたり,祈とう師を呼んでゴマを炊き,悪病退散を祈ったりしました。
 友造は,昼も夜も姫のそばに付きっきりで薬を飲ませたり,背中をさすったりして,一生懸命看病しましたが,しかしそのかいもなく,とうとう姫は死んでしまいました。
 葬式の行列は,子どもの持ったお供えの花かごを先頭に,赤や紫の衣を着た大勢のお坊さん,長者,そして悲しみをこらえた友造が,位牌を胸の所にしっかりと抱いていました。
 お棺の後には,棺からひかれた白い布につかまって,親戚の人が大勢お供をしていました。
 よそ行きの着物を着た男や女たちも行列に入り,みんな悲しそうな顔でうつむいていました。
 乙姫様の死を惜しんで,長者の家の前にいっぱい集まって来た村人たちも,行列の後ろからぞろぞろと付いていきました。
 長い長い行列は,長者や友造と楽しく散歩したくるま道を通って,別れを惜しむかのように,静かに下って行きました。
 友造は,長者と相談して,大きな墓を建てて毎日花を供え,線香をあげて供養していました。
 しかし,この城山の見るもの聞くものすべてのものが,姫と暮らした楽しかった頃を思い出させ,悲しみのあまり,だんだん体がやせ細っていきました。
「こんなことではいけない 自分の心も身体もだめになってしまう」.....と,友造は長者にお願いして,大阪に出て働くことにしました。
 大阪に出た友造は,悲しさを忘れるために,朝早くから夜遅くまで働きました。
「朝はあさぼし 夜はよぼし 昼はうめぼしいただいて」
 力の限り働き続けました。
 そして,たくさんのお金を儲け,人々から長者と呼ばれるようになりました。
 お金持ちになると,昔のことや苦しかった頃のことを忘れて,つい贅沢に溺れ,ついに滅びていくことが,世間にはよくあります。
 友造は,昔の自分が炭焼きをしていた友造を忘れないようにと,「すみとも」と名乗りせっせと働き続けました。
 「すみとも」の長者の子孫は,この教えをよく守り,大変,栄たということです。

出典 「川津のむかし話」昭和58年川津町子供会作成