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城山長者とくるまみち

コスモス
印刷用ページを表示する 掲載日:1998年10月23日更新
むかしむかし,このあたりで一番高く見晴らしのよい城山の頂上に,立派な家を建てて住んでいた人がいました。
 その人は,瀬戸の海を荒らしていた悪魚を退治して,この地を治めた武殻王の子孫で,益川(やがわ)という人でした。
 この人は,大変な大金持ちで,人々から城山長者と呼ばれていました。
 大金持ちの長者は,どんなことでも自分の思いのままにかなえられました。
「八十場の水が飲みたい」と言っては,けわしい山道を,ふもとの八十場まで水をくみに行かせたり,
「生きている鯛が食べたい」と言っては,夜の夜中でも真っ暗な坂道を浜辺まで行かせ,ピチピチとはねている大きな鯛を買って来させたりしました。
 また暑い夏には,「行水をする。今すぐ水を用意しろ。」と言っては,深い谷底から冷たい水を運ばせました。
 大勢の男たちは,頭に水桶をのせて汗をいっぱい流しながら,何回も何回も運びました。 しかし,この長者にもどうにもならないことがありました。
それは一人娘の乙姫様のことです。
 姫は,生まれた時から足が悪く,立つ事もできなかったのです。
 長者はたくさんのお金を使って,都から立派な医者を迎えたり,長崎に,良く効く薬があると聞けばすぐに買いに行かせたりして,八方手を尽くしましたが,治す事が出来ませんでした。
 姫は成長するにしたがって,長者も目を見張るほど美しくなっていきました。
 髪はカラスの濡れ羽色,眉はさんやの三日月眉毛,切れ長の目にまつ毛も長く,鼻高からず低からず,口はかわいいおちょぼ口,色が白くてもち肌で,それはまるで絵から抜け出たようなお姫様でした。
 村の人たちの間では,この美しいお姫様を一目でも見たいものだと噂されるようになりました。
 長者は,「姫も家の中ばかりでは心も晴れまい せめてこの山のまわりの素晴らしい景色を見せてやりたい」
「何かよい方法はないものか....」
「そうだ 姫を車に乗せて散歩をさせよう。」
 その日から,大勢の人夫を集めて,木を切り石垣を築き,土をならして車の通る道と,姫を乗せる立派な車を作り始めました。
 長者も工事場をまわって,「ここは景色が見えにくい。もっと木を切り倒せ。」「この坂は急すぎる。もっと土を埋めてなだらかに。」
 こうして,大金をつぎ込んで,城山を二重に取り巻く長く立派な車道(くるまみち)が出来上がりました。
 長者は大変喜んで,さっそく姫を車に乗せ,自分もそばに付き添って散歩に出かけました。
 西に出ると川津の里にけむりが立ち,その向こうにひときわ美しい讃岐富士のすがたが見えました。
 鵜足(うだ)那珂(なか)の広い平野をうるおして,緩やかに流れる土器の川,遠くに白波の打ち寄せる浜は浦島の里であろうか。長者と乙姫イラスト
 見晴らしのよい所では車を止めて,辺りの景色を眺めながら,長者と姫は楽しそうに話をしました。
 南に登れば,阿讃の山々が大きく小さく連なり重なり合って,美しい姫を迎えているように見えました。
 山合の所々に白く光って見えるため池も,それぞれにおもしろい形を見せてくれました。
  明神原にお参りをすませて東に出ると,五色台が目の前にせまり,村人の住む小さな家があちらこちらに見えました。
 綾川の流れは,水音をたて山合をくねりながら,阿野(あや)の里を流れやがて松山の海にそそいでいました。
 北に出ると,むかし祖先が勇敢に悪魚と戦った瀬戸の海が開け,遙かにかすんで見える備前の山々を背景に,塩飽の島々は白砂と青松の美しい島影をうつし,船は青い海にいくすじも白い船のあとを残していました。
 そしてそれは,季節の移り変わり,時の流れとともに色を変えおもむきを変えて,何度見ても飽きない素晴らしい眺めでした。
 毎日お姫様が車道(くるまみち)を散歩しているという噂を聞いた村人たちは,城山へ登って行きました。
「おはようさん。こんなに,はよからどこ行っきょんな。」
「ちょっと城山へ。」
「いとはん見にか?わしも昨日行って来たわ。」
「ありゃ まんで天女のようじゃ。あんなけっこな娘見たことないわ。ついでに車道(くるまみち)もまわって見てこいや。」
「ええ道じゃ言よったのー。ほんだら行って来るわ。」
 城山長者の車道(くるまみち)は,美しい乙姫様を一目見ようと,毎日毎日大勢の人が集まってきたという事です。