ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

罰があたった長者

印刷用ページを表示する更新日:1998年10月23日更新
心の優しかった長者も,可愛い娘を亡くし,友造を大阪に出して,悲しさと淋しさに打ちひしがれて,まるで人が変わったようになりました。
毎日,酒を飲んでは馬に乗り,狂ったように馬を走らせていました。
 ある日,いつものように酒に酔って馬を走らせていると,いつのまにか山のふもとまで降りていました。
城山の山すそは,一面のそば畑でした。
ちょうど,白い花が咲き乱れ,まるで雪が降ったように真っ白でした。
 長者は何を思ったのか,馬にビシッとむちを打って,花の咲き誇るそば畑の中へ馬を走り込ませてしまいました。
馬は,そばの花を蹴散らして走りまくりました。
白いそばの花はパッと飛び散り,茎は折れ,踏み荒らされた畑は,見るも無惨になってしまいました。
 このようすを見るに見かねた老農夫は,「長者様 これは大事なそば畑です そんなに踏み荒らすとそばができません」といいました。
長者は馬を走らせながら,「そばは五穀ではない 草である」といいました。
 人に注意されても反省せず,「草だ草だ」といいながら,長者は山に帰って行きました。
老農夫は,「農作物を踏み荒らすとは.... 長者ももうおしまいだ きっと天罰があたる... もう長くあるまい」
と呟きました。
 それから2~3年,本当に長者は死んでしまいました。
 城山長者が死んで間もなく,六部(ろくべえ)さんという人が,六地像を彫った重い石を背負って峠に来ました。
そして,郷師山のふもとにある乙姫様の墓のそばに庵を建てて,六地蔵様をお祀りしました。
そして毎日,六地蔵様と乙姫様の墓に花を供え線香をあげて,お経を唱えてお参りをしていました。
 この六部さんは,城山長者が亡くなり,乙姫の墓も寂しかろうと,すみともの長者の友造に頼まれて,はるばる大阪から乙姫の墓守りにやって来たのでした。
 それから何年か経ち,六 さんが亡くなり,庵も壊れたので,村人たちが六地蔵さんを乙姫様の墓の横に移しました。
 ところが,それから不思議なことが起こったり,村人が次々と病気にかかったりしました。
祈とう師に拝んでもらうと,「そりゃー 六地蔵さんに屋根がないきんじゃ」と言いました。
 さっそく村人が集まって屋根を作り,お地蔵さんのお祭りをしました。
 すると,病気の人が嘘のように治り,何事も起こらなくなりました。
 それで,六地蔵さんと乙姫様の墓には,今も屋根があるのです。

おわり

出典 「川津のむかし話」昭和58年川津町子供会作成