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三十六古戦場

コスモス
印刷用ページを表示する 掲載日:2006年12月7日更新

壮烈な戦死を今に語り継ぐ三十六古戦場

三十六古戦場

 県道林田・府中線から東,静かな町並みの中に,ひっそりと碑と墓がたたずむ史跡三十六がある。ここは白峰合戦の古戦場。
 松山・林田の境に雄山があり,その西麓500mあたりの所は,「三十六さん」「三十六」と呼ばれ,勤王家として王事に奔走した細川清氏と従士36人が,細川頼之の軍と奮戦苦闘,遂に力つきて,主従共に自刃しかばねを埋めたと伝えられる。このことは“太平記”にも描かれ,その壮烈な戦死は語りつがれ,言いつがれて,中山城山の筆になる細川将軍戦跡碑をはじめ各種の石碑が建立された。
 三十六の地名は,条里制,また民間信仰の遺跡ともいわれるが明らかではない。しかし,この地方の一刻の戦いが,後の日本の情勢に大きく影響していることを思えば,歴史の流れに新たな感慨も湧いてきそうだ。