28)讃岐国府跡
29)明神原遺跡
30)城山神社
31)開法寺塔跡
32)黒岩天満宮
33)天満神社(石井天満宮)
34)犢山天満宮 




 
 
 讃岐国府跡
 

坂出市にはかつて讃岐国の国府(政務を執る施設・役所)があったとされ,政治・文化の中心地として栄えていました。 詳しい場所はまだ特定されていませんが,現在も発掘調査が進んでいます。
府中町の本村地区には国府に関係のある「垣ノ内(かきのうち)」,「聖堂」や「正倉」「印鑰(いんやく)」などの地名が残されていることなどから,この付近に国府があったものと想定されています。国司(讃岐守)として任命された人の中には,学問の神様 菅原道真もいます。

 
坂出市府中町
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讃岐府中駅から徒歩で約15分
5分



 明神原遺跡(みょうじんばらいせき)
 

城山の南東部,平野につき出た通称「たこの頭」という場所には,鳥帽子岩と呼ばれるものをはじめ,巨石が点在しています。国司 菅原道真が城山の神に祭文をよみあげ, 雨請いをした場所と伝えられています。
886(仁和2)年,都から讃岐国に赴任した道真は,888(仁和4)年の大旱魃にあたり,ここ明神原で城山の神に雨請いを行いました。その結果見事に雨が降り,民衆は大いに喜んだといいます。 民衆の感謝の意にかえた踊りが,後に念仏踊りの形となって後世に伝えられています。明神原は、城山神社が最初にあった場所ともいわれ,神が降り立つ場所として,古来より神聖視されていた場所とされています。

 
坂出市府中町城山
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鴨川駅から車で約20分
15分




※請雨天神社
 城山神社(きやまじんじゃ)
 

城山神社は式内大社といわれる由緒ある神社で,讃岐国を統治したとされる国造(くにのみやつこ)神櫛王(かんぐしおう)が祀られています。
神櫛王は第12代景行天皇の息子であり,当時この地域を荒らしていた悪魚を退治し、そのまま讃岐国に留まったため,讃留霊王(さるれおう)と呼ばれるようになったという伝説上の人物です。 境内には菅原道真を祀った請雨天神社もあります。

 
坂出市府中町本村4760
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讃岐府中駅から車で約8分
15分

 開法寺塔跡
 

1970(昭和45)年,府中町本村地区にて,古代寺院の塔跡と見られる礎石群が発見されました。塔の中心となる二重の孔を持つ心礎,心礎を囲む4本の四天柱,外側にある12本の側柱と,塔を構成する礎石がすべて良好な状態で発見され,同時に発掘された瓦から白鳳時代の建立であると推定されました。
菅原道真の漢詩集『菅家文草(かんけぶんそう)』中に,「開法寺は国府の西にある」という記述が残されています。すなわち国府は開法寺の東にあったということであり,この辺りが国府のあった場所という根拠の一つになっています。

 
坂出市府中町
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讃岐府中駅から徒歩で約15分
10分



 黒岩天満宮
 

標高296メートル郷獅山の西中腹にある黒岩天満宮は菅原道真を祭神とする神社で,学問の神として多くの参拝者が訪れています。
888(仁和4)年の大旱魃(かんばつ)の際,菅原道真はこの地で、降雨に感謝する祈りを上げたと伝えられており,それ以降この地に祠(ほこら)を建て,祈雨所として道真を祀ったとされています。
1692(元禄5)年の旱魃の際には,川津の高松藩士 山口弥衛門が降雨を祈願,見事雨が降ったことから,祠を改築し,天満宮を創建したとされています。
神殿につながる参道脇には多くの梅の木が植えられており,2月~3月にかけて梅の花が満開になります。

 
坂出市川津町折居
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八十場駅から車で約22分
30分




 天満神社(石井天満宮)
 

菅原道真が国司として讃岐国に在任中,庁の南にある南山と呼ばれる山を気に入り,しばしば足を運んでいたそうです。
この南山に道真の神霊を祀ったのが,この神社のはじまりといわれています。

 
坂出市府中町1240
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讃岐府中駅から徒歩で約13分
15分

 犢山天満宮 (うしのこやまてんまんぐう)
 

菅原道真は,風光明媚な場所に松山館と呼ばれる別荘を持っていたようです。それがここ牛ノ子山であったといわれ,後に祠を建てて祀ったという起源を持ちます。

 
坂出市加茂町牛の子
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八十場駅から車で約9分
15分


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