西行法師とは
【1118(元永元)年~1190(文治6)年】
俗名は佐藤義清,鳥羽上皇にも仕えた北面の武士であり,優れた歌人でもありました。23歳の時に妻子を捨てて出家し「円位」と名のり,後に「西行」とも称しました。出家後は,河内国の弘川寺で入寂するまでの間,心のおもむくまま平安近郊,高野山,伊勢,吉野,善通寺などに草庵を結ぶなど,しばしば諸国をめぐり漂泊の旅に出て多くの和歌を残しました。西行は崇徳上皇と歌を通して親交がありました。保元の乱に敗れ,讃岐の地に配流された上皇のことを気にかけていましたが,生前に訪れることはできず,上皇が崩御されて3年後,白峯御陵を詣でたと西行の歌集『山家集』に記されています。
 
       
西行庵(西行の腰掛松,みを坂の林) 西行法師顕彰会による歌碑 鎌の刃越 西行法師の笈掛石(腰掛石)
       
 
西行法師の道 白峯寺 白峯御陵