菅原道真とは
【845(承和12)年~903(延喜3)年】
平安時代初期の学者であり政治家であった菅原道真。
従三位文章博士清公の孫であり従三位参議是善の三男で,870(貞観12)年,最高位の国家試験に位置づけられる「方略試(ほうりゃくし)」に合格,そこから官吏としての生涯が始まります。
877(元慶元)年,文章博士(もんじょうはかせ),886(仁和2)年讃岐国司「讃岐守」となり4年間坂出に赴任。それ以後,宇多天皇に抜擢され「蔵人頭(くろうどのとう)」「参議」「遣唐大使」と昇進していきます。894(寛平6)年 道真が遣唐使の大使に任命された際,唐の国の衰退と航海の危険を理由とし,宇多天皇に申し出,遣唐使を廃止したことはよく知られています。
899(昌泰2)年には朝廷の最高機関である右大臣に昇任となり,この当時としては,異例の出世となったのです。しかしその後,政敵であった藤原時平の力によって「太宰権帥」に左遷され,晩年は不遇になったとされています。漢詩文集『菅家文草(かんけぶんそう)』には道真が讃岐国に在任中「民政」に努めたことが記されています。
香川には滝宮天満宮など天神社が235社あり,天神信仰の影響によるもの,道真ゆかりの神社というものも多く残されています。
 
       
讃岐国府跡 明神原遺跡 城山神社 開法寺塔跡
       
 
黒岩天満宮 天満神社(石井天満宮) 犢山天満宮